京急大師線に230形が走っていた頃

1.昭和53年3月

京急大師線は京急川崎駅から多摩川沿いに走り小島新田までの4.5kmを結ぶ盲腸線です。 沿線は味の素・ビクターなどの大規模工場があり、また途中駅の産業道路等からは 東芝・ゼネラル石油などのやはり大規模工場への足となるバスが待機しており、 まさしく京浜工業地帯の足となっております。一方では途中に川崎大師、川崎競輪、川崎競馬等もあり これらの足としても重要な役割を持っております。
盲腸線の宿命か京急本線との直通列車運転されず車両面では一昔前の電車が活躍しており 名車と呼ばれた230形もここ大師線が最後の活躍の場となりました。

1)230形のねぐら神奈川新町検車区

230形は2扉車が主体ですが、3扉車もありました。
昭和53年3月16日

2)京急川崎駅界隈

ラッシュ時には5編成の運用となる大師線も日中は2編成の運用のため 昼間は川崎駅構内の電留線で待機しております。私が訪問したこの時期、すでに230形は朝夕の ラッシュ時のみの運用でした。
写真左 昭和53年3月17日 写真右 昭和53年3月16日

京急川崎駅にて 昭和53年3月16日

3)京急川崎−港町

昭和53年3月16日

次へ進む