2.そして「さよなら230形」が走った

昭和53年4月9日、満開の桜の中230形お別れ電車が品川−久里浜工場間 (現 京急ファインテック)を走りました。 私は当時の大学の鉄研のメンバーと乗車する事ができました。これは鉄研メンバーの 佐藤学氏が京急電車愛好会に所属しており、同会のご好意により実現できたことによります。

回送電車が京急品川駅に到着

久里浜工場でのスナップ
この時期桜が満開でした。私の少年時代桜の満開時期は4月10日過ぎと記憶しております。 近年の満開時期は早すぎるような気がします。地球温暖化の影響か?
また、工場内ではファンの要望に答えヘッドマークを外しての撮影会・記念撮影会等 楽しい時をすごしました。下の写真は600系による快速特急です。当時の快速特急は 1000系6両に700系のサハ2両を組み込んだ加速の悪い「1700」と呼ばれた編成が 走っており600系にあたる事はラッキーでした。600系にカメラを向たファンも 数多く見受けられました。





230形が消えてから25年、大師線の車両は「丸400系」→「700系」と移り変わりました。 その700系も既に廃車が始まり、現在は朝のラッシュ時には1000系も活躍しております。
京浜工業地帯の地盤沈下に伴い朝のラッシュ時の運転間隔も4分から5分に伸びており、 また沿線の鈴木町には大規模ショッピングセンターもオープンし車内の雰囲気も少しずつ 変わってきました。
私事になりますが、この大師線は通勤経路として毎日利用していましたが、 平成15年2月28日をもってピリオドが打たれました。 今度大師線に乗るときはどう変わっているか?


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